日記です。
4月に聴いていた曲のプレイリスト。落ち着く感じの曲多め。
ネットレーベルを立ち上げました
「人が作れなかった曲をリリースするレーベルを作ろうかな」と呟いてみたところ、意外と反応を頂けたため、まじでやることにした。
元はと言うとわたし自身が長いこと曲をいっこも完成させられないというぼやきをしすぎて、もはや作れないことこそがアイデンティティーみたいになりつつあったので、だったら「作れなさ」自体を作品として昇華できないだろうか、という発想があり。
あと、曲のアイデア等をそのまま塩漬けにしている人も多くおられるようだったので、そういうのに別の価値を付けて成仏させたい気持ちもあり。
立ち上げたといってもまだ名乗っているだけで何もないが、随時作品募集中なので、質とか量とか気にせず気軽に送ってください!!
レーベル人々は、あなたの作れなかった曲を募集しています。1フレーズしか出来なかった曲、鼻歌、MIDIデータや音の素材、構想や歌詞のメモ、コードの断片まで、なんでもどうぞ。募集したデータはBandcampにて、コンピレーションアルバムとしてリリース予定です。
— 人々 (@hitobitolabel) April 16, 2024
discordもどうぞご参加ください。
鼻歌でも音声データじゃなくてもいい、とにかくハードルを低くしたいんだけど、結構みなさんちゃんとしたデータを送ってくださる。もちろんそれはそれでとてもありがたいのですが、やっぱり「ゆうても1フレーズとかじゃ」という抵抗感を抱かせてしまっているかな?わたしはゴミみたいの提出する予定です。
現在、これと並行して「#猫でも作れる作曲会」という会もやってるが、これも作ろうとするプロセス自体に焦点をあてた活動ではある。
自分がこういう事をやっているのは、自分が完成させる能力が足りなくて苦しんでるという立場から同じような人にも作曲の間口を広げていこう、という思いもあるが、根本に佐村河内守の「指示書」に受けたインパクトがある気がしている。
実際の成果物(つまり新垣隆によって作られた佐村河内守の音楽作品そのもの)にはあまり興味がなくて(というか、聴いたことない。すみません)、わたしの中で重要だったのは、指示書を作った時に氏の中に渦巻いていたはずの抽象的かつ確固とした楽曲のイメージのようなもの、そのエゴ、欲望、音楽として発音される前の音楽としての可能性のほう。
Spotify等のサブスクサービスが無かった頃、音楽批評誌の文章だけ読んでどんな音楽なのか想像していた時の興奮が原体験になっているのかもしれない(で、期待を煽られすぎて実際の曲は意外と普通だな、となったりする)。
まあ、この辺のことってクリスチャン・マークレーが既にうまく作品化しているとおもうんだけど、わたしはわたしなりのやり方で他人を巻き込んでいきたさがある。
神保町サウンドシェアに行った
そんなこんな、作れなさについて試行錯誤している日々だったが、それでもやっぱり一度は完成を目指すなら、一番必要なのは明確な〆切ではないか・・と気付き始めた頃、ちょうど美学校のアカウントで「神保町サウンドシェア 〜やさしい試聴会〜」というイベントがあることを知り、勢いで参加申し込みしてみた。申し込んでからモノを作るのが一番いいって、みんな同人誌即売会のサークル参加で学んだことだよね。
神保町サウンドシェアというのは、曲作りしてるひとが集まって作ってきた曲を聴きあう、というのがざっくりした趣旨になっている初心者歓迎イベントで、今回で3回目らしい。
申し込んじゃったからやるしかないで頑張ってみたが、頑張ってみて分かったのは、完成に近づけるということは、未来の自分への過信(前述した佐村河内守の指示書のような万能感)を捨て、いかに分岐先を潰していけるかの勝負だということだった。
文章を書いているとたびたび、自分が最初からそう思っていたかは疑わしいが、文を繋いでいくうちになんかそうだったということになっていく瞬間というのがあるが、曲作りにおいても自分の意図と別のほうに転がっていくのを許容する力が必要だとおもった。
つまりあらゆる段階でエゴを諦めることが必要で、それも実力があればあんまり諦めなくても済むのかもしれないが、今の自分の力だとめちゃくちゃ諦めなくてはいけない瞬間があり、それが結構大変だった。
あとちょうど3月頃にAbleton Live(DAWソフト)買って使い方分かってきたところだったんだが、やっぱり曲っぽい曲を作るのにDAWって便利なんだなっておもいました。。
〆切パワーによってどうにか完成させ、当日会場へ。
まず最初に司会のアリムラさんが、この場では市場の原理に基づく評価軸(売れる売れないとか、商品としてのクオリティについて)では話さない、という方向性を示してくれたのがよかった。というか、試聴会自体すごく良い催しなので各地でたくさん開かれたらいいのではとおもったが、純度の高いイベントにするにはこういったモデレーターの舵切り力が重要になってくるので、そこを良く考えないと難しいよな。読書会でも結局レジュメ作ったりする人の負荷すごいもんな。
集まった人々(30余名)の作ってきた曲を順番に聴きつつ、それを基に少しずつお話していくのだが、これが一種のセラビーっぽくもあったというか、話を聞いていくとひとりひとりが全く違う方法論やアプローチや思想で曲を作ってきたことがよくわかり、そのこと自体がすべての作品の存在理由になっていた。
当日提出した曲はサンクラにもアップしたので、良かったら聴いてみてね!!!!
この曲はアノンチャン(長年アバター的に使用しているオリジナルのキャラクター)のキャラソン的なものをテーマにしている。やっぱり自分を一番表現できるものってアノンチャンなのではないかと思い。。
因みに歌の部分は、youtubeでランダムに知らない人のvlogとかインタビュー映像とかを見漁り、「あ」「のん」「ちゃん」に聞こえた部分を切り取って素材にした。一応、アノンチャンのネーミングの由来がanonymousから来ているので(アノンチャンはアバターを目的として作ったというのと、当時サイファーパンク的なムードにハマっていただけで、もちろんQアノンとかとは何も関係ない)、そういう手法が合うのではないかと考えた。
ついでにこれをアノンチャンコアというジャンルだとでっちあげて、今後も作っていこうという計画。(アノンチャンコアの定義は、歌詞が全部アノンチャンである、ということだけ、とても分かりやすい)
いつかMVとかも併せてつくりたいな。
参加者が書き込んでいったボードの様子。
JO1 in Wonderland!に行った
ソニーが開発したロケトーンというアプリとJO1がコラボレーションした企画展という触れ込みだったのだが、ロケトーンについては正直売りにしている技術がよく伝わってこなかった。
Bluetoothと位置情報を連携させて展示に合わせた音声コンテンツがイヤホンで流れる仕組みのようだったが、既にある美術館の音声解説アプリ(アーティゾンのやつとか)との差分が特に感じられない上、スポットごとにQRコードを読み込ませる手間をかけさせていたのがちょっと…(というかBluetooth連携の意味は?)
立体音響も特に展示で活かされているものがなく、せめてバイノーラル録音っぽいなにかとか、もう少しやりようがあったんではなかろうか。。
ドデカスクリーンでパフォーマンス映像が見られるところは良かった。(まあそれは展示どうこうというかパフォーマンス映像そのものがよかった)
JO1のみなさんがリアルの5倍ぐらいの大きさで眼前に登場してくれるのだが、実際のライブでもこれぐらいのサイズ感で登場くれたらいいのになと思ってしまった。
ステージにいるアイドルの皆さんの大きさが通常の人間の5倍あれば双眼鏡で野鳥の会せずともはっきり動きが見えるし、個別ファンサした等の諍いの元も減らせるし(デカいとファンサもデカくなる)良い事ずくしだとおもうんですね。どうにか技術の進化でアイドルの巨大化できないだろうか。立体ホログラム的な方向ならいけるかも。
あと川尻さんの歌声がさらに加糖ましましになっていてびっくりした。ダンスで注目されたけど、実は歌声に特徴がある人でもあるよな。
わたしが今まで食べた中で一番甘かった食べ物の記憶は、幼少のときロシアからの転校生がくれた故郷のチョコレートだったが、川尻さんの歌声はあの時感じた脳がしびれるような甘さを思い起こさせる。きっとお砂糖とスパイスとすてきなもので出来ているんだね。
リリスクのイベントに行った
新曲もかっこよかったLyrical Schoolのイベントにお誘い頂いて行ってきた。リリスク見てるともっとこの世に男女混合グループ増えていいのになあ、と思う。
ビートメイカーのKO-neyさんを講師に迎え、リリスクのメンバーとその場で即興ビートメイクして一曲作る、という内容で、MPCの操作の手ほどきから始まってちゃんとその場で1曲完成させてて良すぎた。
MPC叩いて、「うおー!音出るー!!」みたいな所からみんなでワイワイやってるのがピュアな楽しさがあって、だけどみんな勘がいいから、最終的にすごいお洒落にまとまるっていう、ハッピーで才能がある若者たちのパワー、すごい。
ていうかサウンドシェアでも若い参加者の方とお話する機会が結構あったけど、本当に優しい人が多くて、なんかわたしは自分が年取るのは別に良いんだけど(中年には中年の面白さがあるから)、でも年取ることによって若いひとにとって別にリスペクトするところもないのに敬語と気を使わなきゃいけない存在になっていくのが嫌すぎるなとおもった。。
moonをプレイした
伝説のアンチRPGと言われているmoonを初めてプレイしてみた。なるほど、確かに当時これすごい革新的だったんだろうな~という感じがした。脱構築。。っていうのか?こういうのを。。と思って「脱構築」をググるも結局あんまりピンとこない。毎回ピンとこない、脱構築という概念の使用法が。
グラフィックもクレイアニメっぽい質感でかわいいですね。
BTBWのremixを作った
JO1なんで好きなのかというと、Born To Be Wildという曲があるから、というのが結構デカい。何度でも注目されて欲しい曲なので、remixを作ってみた。JUSTICEの新譜が来てるし、ちょっとフレンチエレクトロっぽさを意識してみたり。これをきっかけに原曲を聴いてくれる人とかいたら嬉しいな。いるのかそんな人?ていうか我ながらこの数か月でAbleton Liveの習熟度結構すごない?
オリジナルはこちら
あと、ライブバージョンも抜け感があって非常によい。
ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?
国立西洋美術館の「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」の展示を見てきた。
先月、映画界の話題で「罪悪感の時代」ってワードを出したけど、現代アートも結構自省的なテーマが多いっぽくて、この展示も国立西洋美術館のあり方の反省が大きなテーマになっていた。
反省しないよりしたほうがいいよねとはおもうけど、反省といいつつ、内覧会で起きた、西美のスポンサーである川崎重工に対してイスラエルの武器の輸入・販売を取りやめる事を求める抗議のアクションに対して、美術館側の明確な返答がなかったことが、結局は気になってしまった。
「2024年4月の日記」への2件のフィードバック
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